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第19話:育てるということ

ヒカッパは、水耕栽培から芽を出し、鉢に植え替えられてからも順調に育っていた。
毎日、水を与えるだけ。それだけで、少しずつ葉を広げていく。

ゆうとは、その様子を見ながら、安心していた。
同時に、別の気持ちも芽生え始めていた。

――そろそろ、肥料をあげたほうがいいのかな。

水だけで育つ時期は、もう終わりなのではないか。
肥料を与えれば、もっと大きく、もっと早く成長するのではないか。
そんな期待が、胸の奥で静かに膨らんでいた。

極端なことを言えば、こんな考えさえ浮かんでくる。
ハイポネックスの原液を、そのまま与えたらどうなるだろう。
10年かかる成長が、3年くらいに短縮されたりしないだろうか。

自分でも、少し甘い考えだとは分かっている。
それでも、「早く育ってほしい」という気持ちは、抑えられなかった。

みおな先生に相談

ゆうとは、みおな先生に相談することにした。
ヒカッパは家に残し、スマートフォンに撮った写真だけを持って、植物園を訪れる。

写真を見たみおな先生は、少し微笑んでから言った。

「順調ね。ちゃんと根付いているみたい」

ゆうとは、胸の内を正直に話した。
肥料を与えたいと思っていること。
できるなら、成長を少しでも早めたいと思っていること。

みおな先生は、しばらく写真を見つめてから、静かに口を開いた。

「肥料を与えること自体は、とても大事なことよ。
でもね、与え方はすごく難しいのよ。」

そう言って、棚から青いボトルを取り出した。
一般的な液体肥料だ。

「この肥料なら大丈夫。
ただし、そのまま使うのはだめ。
まだ芽が出て間もないでしょう?」

みおな先生は、薄め方を説明した。

「2000倍くらいに薄めて。
今はね、成長させるより、根を守る時期なの。
濃すぎると、根を傷めてしまう。いわゆる肥料やけね」

ゆうとは、少し意外に思った。
もっと効かせる方法があると思っていたからだ。

「早く成長させたい気持ちは、よく分かるわ。
それは、ちゃんと育てようとしている証拠よ」

みおな先生は、続けた。

「でも植物には、それぞれの成長のペースがあるの。
無理に急がせて、水や肥料をたくさん与えても、
枯れてしまうことだってあるのよ。
そう、逆効果になってしまうの」

ゆうとの気づき

その言葉を聞いて、ゆうとは、はっとした。

ヒカッパを早く大きくしたい。
それは優しさのつもりだった。
でも実際は、自分の期待や希望を、一方的に押しつけていただけなのかもしれない。

資産形成もまた、自分が無理に引っ張るものじゃない。
成長する「場」に身を置き、時間を味方につけることなんだ。
その場とは、世界経済そのものなのだと、ゆうとは静かに理解していた。

家に帰って

家に帰り、ゆうとは教えられた通りに肥料を薄めた。
2000倍。
ほとんど水と変わらないくらいの濃さ。

それを、ほんの少しだけ与える。

見た目は、何も変わらない。
劇的な成長も、目に見える変化もない。

それでも、ゆうとは不思議と落ち着いていた。

――これは、間違っていない。

ヒカッパの成長を見守りながら、
ゆうとは気づいていた。

自分が今、育てているのは、
ヒカッパだけではない。

待つことのできる、自分自身なのだと。