ゆうとと助けたい気持ち
見知らぬ人に声を掛けられたゆうと
ある朝――。
ゆうとは、いつものように出勤のため駅へ向かって歩いていました。
車も人も少ない静かな裏道。
その空気を切り裂くように、前から背の低い女性が近づいてきて、そっと声を掛けてきました。
「すみません……」
マスク越しの声は小さく、どこか不安を含んでいました。
ゆうとは足を止め、少し身構えながら返しました。
「え? どうしました?」
女性はゆっくりと一冊の手帳を取り出し、表紙を見せました。
「私、障害者手帳を持っています」
そこには『身体障害者手帳』と印字されていました。
そして、ためらうように続けました。
「私、お腹が空いています。昨日から何も食べていません。お金をくれませんか?」
流れるような日本語でした。
ゆうとは最初、外国の方に話しかけられたのかと思っていましたが、
その口調から「日本の人なのかな……?」と感じました。
道端で突然「お金をください」と言われたのは初めてで、
胸の奥がざわっと揺れました。
(大丈夫なのかな……)
(お腹が空いているのか……)
(助けてあげたいけど……どうすれば……)
(でも……この状況、少し怖い……)
ゆうとは迷いながらも、できるだけ落ち着いた声で言いました。
「困っているなら、警察に相談した方がいいよ」
「ほら、あっちに交番があるから」
「警察官に話した方が、ちゃんと助けてもらえるよ」
そう伝えると、胸のざわつきを抱えたまま、ゆうとはその場を離れました。
駅に着いても、心は落ち着きませんでした。
(もっと丁寧に声を掛ければよかったのかな……)
(一緒に交番まで行ってあげればよかった……?)
(せめて、パンと飲み物が買えるくらいのお金を渡すべきだった……?)
ゆうとは、ずっとモヤモヤした気持ちを抱えたまま仕事へ向かいました。
その日の夜。
帰宅したゆうとは、お父さんとお母さんに今日の出来事を話しました。
「お父さん、お母さん……ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」
ゆうとの話を聞いたお母さんは、驚きながらも優しい表情で言いました。
「そんなことがあったのね……怖かったでしょう。でも、ゆうとの対応は間違っていないと思うわ」
お父さんも静かに頷きました。
「お父さんだったら、1000円くらい渡しちゃうかもしれないな」
「でも、ゆうとの判断は正しかったと思うよ」
家族の言葉に触れ、
ゆうとはようやく胸の奥の緊張がほどけていくのを感じました。
困っている人を助けたいと思う優しさは、とても大切です。 ですが、突然お金を求められた時は、冷静に考えることも大切です。 本当に困っている場合は、警察や行政、支援団体など、 相談できる場所があります。 「助けたい気持ち」と、「自分の身を守ること」。 どちらも大切にすることが、これからの時代には必要なのかもしれません。